旧 日々、菩薩の道
 
<< 素直に子供のように | main | 悪役の存在意義 >>
柱(はしら)
0
     素直さの話を前回書いた。素直を自分の都合の良いように捉えると、それは素直ではなく、単なるワガママとなる。悩み、苦しみ、本当にそうだろうか?と試行錯誤した上での判断は価値がある。どんな形になろうとも、そこから学ぶことは多い。

    頭脳派の人間は、悩みすぎて逆に決断ができなくなる場合がある。直感派は、エゴからくる直感なのか、魂からくる直感なのかを慎重に見極めなければ、単なる気分屋にしか見えない。霊的な信号は、どのように捉えるべきか難しい。同じ信号でも、受け取る人間によって、全く正反対のことを告げているように見える。

    視点の違いでそのようになるのだが、表から見るか、裏から見るか、横から見るか、上から見るか、下から見るか、で変わってくる。だからこそ、柱が必要となる。一つの基準がなければ判断がつかないのだ。それが、原点だ。原点を大事にすることで柱ができる。

    人間関係においてはどんな答えも、その時は正しくても、いつもそれが正しいとも限らない。同じ時はない。同じ答えもないのだ。常に一期一会で、金輪際で、二度はない。だからこそ、その時というのが二度とないかけがえのないものとして大事になる。その時を大事にしないから、次があると思うのだ。

    真剣であればあるほど、やるかやらないか、言うか言わないか、などの選択の判断は難しくなってくる。真剣だからこそ、二度とない時を大切にするからこそ、時と場所を選ぶのだ。常に矛盾する選択肢も同時に無ければ判断できない。

    関わるというのは責任が伴うのだ。簡単に責任は負えるものではない。覚悟と器が問われる。人間力がなければ背負うことはできない。だから柱がある人間にしか責任は取れないのだ。言うは易し行うは難しである。

    選択する前から選択後の保証を先に求めていたら、その時を生きることはできない。落とし所を探っていたら、真剣にはなれない。ただ普通に生きるだけなら、ここで書いていることはかえって有害だ。変人かもしくは馬鹿扱いされるだろう。世間の常識と反しているからだ。

    普通の世界では、例えば給料は決まってから働くものとなる。だが、革命的なことはそんな考えでは限界が来る。自分がやりたくてコミットするのが先で、その後に何がついてくるかはわからない世界に賭けるからこそ、周囲も感動するのだ。見えない選択をするには、柱と信じる心が必要になる。

    ほとんどの人間は都合のいい所取りをしたいのだ。しかしそれは無理なのだ。真剣になれない人間に本当の喜びは得られないし、チャンスもない。一生懸命だからこそ、諦めないからこそ、神は微笑むのだ。信じられない人間には信じた人間だけが見える世界は見えないのだ。

    リスクがなければリターンもない。
    あなたには、「白うさぎ」が見えているか?
    【2013.04.08 Monday 14:46】 author : oz
    | 知恵 | comments(9) | trackbacks(0) | - | - |
    この記事に関するコメント
    エゴは、ゴールデンクロスを得られない。

    丸裸こそ、タイミングの神ということですね。

    難しく考えず、エゴを捨てること
    目から鱗、懐に落ちました。
    | LEE | 2013/04/17 9:20 PM |
    素直って大人になると難しい。
    余計なプライドや立場が邪魔してしまう。
    丸裸になった時、始めて素直になれるのだろう。

    素直になれないとゴールデンクロスを見逃して行くこととなる。

    それは何よりも大きな損害だと後から気づく。

    タイミングを測れない者は一生浮かばれない。
    いや、鈍感な奴はそれすら理解出来ない。

    素直になる、難しく考えいでエゴを捨てることだと気づくたげで良い。

    | K.N | 2013/04/16 7:38 PM |
    素直があったはずなのに、自分の体裁を整えるために、都合のいいように、素直という信号を利用することが、私には時々ある。

    日々素直なこころは、出てくるけど、いつも「これは素直か、この判断はあっているのか」悩まなくてはいけないのでしょうか。

    それは時間かかりすぎ、無茶だと思います。
    というのが、本音です。
    かなり難しいと思います。

    白いうさぎは、見えるけど、
    面倒くさいから見ないようにしているのが
    現状です。

    だけど、その一つ一つの素直、信号、自然に感じるもの全部受け止めて、純粋な心で見れているか分析して、四苦八苦がんばれたら、「今を燃えてる。生きてる」って感じるんだろうな、と思います。

    コツを掴めるように、やってみます。






    | Lee | 2013/04/16 11:11 AM |
    管理者の承認待ちコメントです。
    | - | 2013/04/09 8:42 PM |
    上司に「仕事は決断力とスピードだ。鉄は熱い内に打て!」と言われます。
    特にスピードについてはうるさく、チャンスを逃すのはトロイからだ!!と怒られています。


    『人間関係においてはどんな答えも、その時は正しくても、いつもそれが正しいとも限らない。同じ時はない。同じ答えもないのだ。常に一期一会で、金輪際で、二度はない。だからこそ、その時というのが二度とないかけがえのないものとして大事になる。』

    身近な人に言われることは聞けないですが、
    身にシミました。

    | 龍馬 | 2013/04/09 8:21 PM |
    光と闇の戦いは永遠につづく。

    闇の中では何も見えやしない。

    だから闇の中にる物は当然ウサギの姿も見えるはずかない。

    ただ闇は飲み込む力が強力なのだ。

    この先の道は「イバラの道」飲み込まれないよう
    にお気を付けて。
    | GACKT | 2013/04/08 11:50 PM |
    物体は観る方向によって姿が異なる。
    観る時間によっても変化する。

    観察者の感情、気分、感性によっても違うだろうし、年齢、性別、人種、異種、その人物の生い立ちや趣味嗜好、人と成り、職業にもよるだろう。

    更にはその物体の放つX線、赤外線、その他どの種類の電磁波により観測するのか、ミクロで捉えるのか、マクロで捉えるのか。

    観方を挙げればキリが無い。

    一つの物を観察するだけでも、百の目が在れば、百の画が存在する。

    つまり、この世界で起こる出来事一つをとっても、無限の解釈が在ると云う事だ。

    自分が何を柱にしているかが全てを決めている。
    | 哲学者 | 2013/04/08 10:34 PM |
    ヨハネによる福音書
    “1:1初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
    1:2この言は、初めに神と共にあった。
    1:3万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。
    1:4言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。
    1:5光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解できなかった。”

    ぼくには時々思い出す人がいるのですが、彼はなぜ人を裏切っているのか理解できませんでした。

    何度も考えた末、昨日夢を観ました。
    彼が自分の道を歩もうとしている時に、両親、特に父親に強く反対され、心が疲れ切っていました。

    このビションを観る前に、彼は、特定の人以外には心を開きたくない、開いていないということを悟りました。

    裏切られるどころか、心が触れ合ったこともなかったのです。

    悲しい気持ちになりましたが、心は真実を知った喜びに満ち溢れていました。
    この苦難こそが恵みなのだと。

    “そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです。苦難は忍耐を、
    忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。”

    アーメン

    p.s.
    母は離婚を考え直すそうです。
    身内の変化は悔い改める良い機会だと捉えています。
    自分を造るために。
    主の御心に適うために。
    | はやみん | 2013/04/08 9:03 PM |
    目に見える物しか信じることが出来ない人はある一定のところから上の世界を見ることも触れることも出来ません。
    世の中の殆どの人はそうなんだと思います。
    現実世界にしがみつき、手放すなんて考えられない....。
    そうしていることが一生懸命だと思っているんですよ。
    例え馬鹿だ愚か者だと言われようとも。
    そこには恥ずかしさなんて存在しませんからね。
    | シンバ | 2013/04/08 5:50 PM |
    コメントする









    この記事のトラックバックURL
    http://ozeki.fa-fa.com/trackback/1356084
    トラックバック