旧 日々、菩薩の道
 
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祝你生日快楽
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    万葉集を読んだことがある人は少ないでしょう。山部赤人が読んだ歌で、
    「我も見つ人にも告げむ勝鹿の真間の手兒名が奥津城ところ」という歌があると陶芸家の田中佐次郎氏にお聞きしました。勝鹿とは、葛飾のことです。ある悲劇の女性が葛飾のほうにいて、身投げした話が京都まで伝わり、その人を偲んでわざわざ訪れて歌をよむわけです。葛飾は当時、千葉、埼玉、東京にまたがる地域で、市川のほうにその舞台となった地があるそうです。

    会ったこともない女性に対して、憐れみを感じ、現地にまで行ってしまうのです。そして誰かがその歌をまた知り、現代になっても、その地を訪問するわけです。何百年を経ても想いで人は動くっていいですね。いつか、この文章を見て、手児奈という悲劇の女性の墓に訪問する人も出るかもしれません。可哀想だなとか、愛しいなとか、憎たらしいなというような感情は時代を経ても伝わるのです。

    時代を経たものといえば、陶芸もそうです。この日は、400年以上たった器で日本酒を注いで頂きました。何ともいえない気持ちになります。どんな歴史があったのか。私の人生の何倍もの時間を経て、多くの人のドラマを経てここに辿り着き、出会うのです。そして、持つべき人が持つのです。

    井戸茶碗の良い器の見方は、口を見るとわかると教わり、とにかくまずはたくさんの物を見るんだと教わりました。どんな人でも最初の一歩があったのです。後日、友達の家で、友達の祖父が焼き物を集めるきっかけになった壺を拝見しました。その中に、その壷を入手する経緯について書かれていた手紙が入っていたので拝読させていただきました。そこには、最初の壷との出会い、そこから焼き物を集めてその中で感じたことが書かれていました。

    奥が深い世界は素敵です。日本の文化をもっと知りたくなりました。わが子には、日本文化を伝えられる環境を残せたらと思います。

     
    【2015.03.23 Monday 23:58】 author : oz
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