旧 日々、菩薩の道
 
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選択とバランスの間
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    戦後70年目、節目の年の慰霊の日がやってきました。6月は私にとって色々と因縁深い月で、今年も機会に恵まれて貴重な体験をすることができました。その一つにアラスカへのスピリチュアルツアーがありました。手技道の治療家や、その他の分野は違えどプロフェッショナルな方々と一緒に同行してきました。ご縁によって導かれた旅で、私の今後の道筋に大きく影響を与えられた感じがしています。

    それだけに、そのことを言語化することは簡単ではなく、少しずつ消化して花が咲けばいいなと思います。私のように呑気な人間は、体験を通してしか感じられないのでしょう。今回旅をする中で壮絶な体験をしている方々がいて、そういう方々ほど温厚で穏やかな雰囲気をお持ちのように感じます。若いころに、異常者にバイクで追突されて倒された上に、拳銃で撃たれて内臓がボロボロとか、もう想像もつかないような体験をされた方もおりました。病気を多く併発して苦しまれていたり、苦しみを我慢しながらも仕事に励んでいたり、そして一切弱音を出さないような人たちなど。

    自分は甘ちゃんだなと感じましたし、また女性の芯の強さを感じさせられました。痛みなどはやはり男は弱いですね。外国の方のほうが素直で力強い特徴があることも目の当たりにして、肉体的な違いも実感しましたね。しかしながら、多少の差異はあったとしても、感じる心は一緒で、同じように泣き笑いして、言葉がなくても通じ合う想いもありました。

    辛いこと、良くないことって、誰でも嫌なものだと思います。あとになってからでないと、そのつらいこと、嫌なことのお蔭で学べたことには気が付きません。過ぎてしまえば良い思い出で、逆に嫌なことのほうが覚えていて、良いことはあまり覚えていないのが現実ではないでしょうか。しかし、体の痛みというのは継続的に心を傷つけます。かのヘミングウェイも、事故の怪我の後遺症に悩み自殺してしまったのですから。体の痛みを和らげてあげられるのは尊い仕事で聖職です。

    「あの時は大変でした」と笑っていえる人ほど、深みのある笑顔に見えます。その笑顔の裏にある、体験したであろう苦悩を思うとき、生きててくれてよかったなぁと思います。ほんのひと時でも救われるのであれば、どんな方法でも伝えてあげたいと思うのが人情でしょう。今の私には微笑むことしか出来なかったとしても、その瞬間だけはアルカイックスマイルになるかもしれません。

    居るだけでいいという言葉もありました。現代ではとかく、何かしら見える働きをしていないと、何もしていないように思ってしまいがちです。気の利いたことを話せなかったとしても、そこに存在するだけで人はいいのではないでしょうか。不満を感じたとき、「自分が気づいていないだけで、何かあるかもしれない」と思うだけで見方が変わると思います。居るだけで場が和んだり、話しやすくなったり、癒されたり、もしくは逆にムカついたり(笑)。別に良いことだけが存在の価値ではないと思います。

    さて、心も体も連動しています。私は今まで体のほうのケアを怠ってきたので、今回先生方にもケアをしていただき、日ごろの生活を振り返る機会も頂きました。仕事で無理している人は知らぬうちに、体にひずみを溜め込んだりしています。そして、後から後悔したりするのです。早めに振り返る機会を頂けて幸いでした。知らぬ間に人間は溜め込んでいますよ。

    ビジネスの世界にいると、器用な人間ほど重宝がられると思います。すぐに結果を出すには確かにそちらのほうがいいと思います。長い目で見たとき、すぐに結果を出すことだけがすべてではないと体感としてわかってきました。また器用な人ほど溜め込んでいるようにも感じます。一長一短ですね。

    いずれにしても、死ぬときまでにどんな人間と触れ合っていたいかが、私にとっては大事なことです。面白いことに、不器用な人間の周囲には自然と愛が溢れているように感じます。愛がなければやっていけないようになっているのかもしれません。器用な人間が嫌いというわけでは勿論ありませんよ。器用で愛がある人ももちろんいますからね。定期的に障がい者など弱者が生まれることで、協調戦略を学べて人は進化でき、生き残れたという説を唱える人もいますね。

    自分は自己中ですから、興味のあまりなかったアラスカまで行こうとは中々思いませんし、触れ合う機会のない人々と接点が持てたとことは有難いです。声を掛けていただくだけでありがたいです。行ってみると面白いことが色々とあるものですね。最近はそうしたお声かけ頂くところで、自分に出来ることをやっていければと思っています。

    今回の旅は最後の最後まで波乱含みで、帰りの飛行機で急死された方がおりました。赤の他人ではありますが、まさかの展開を目の当たりにして、ここ数日あれは何だったのかと考えさせられております。人生とはいつどうなるかわからないもので、精一杯生きる大事さを改めて感じさせられたといえばわかりやすいのですが、そんな簡単には片づけられないものを感じています。

    慰霊の日も、複雑な思いを抱いている方がたくさん沖縄にはいらっしゃいます。言葉にできない想いを、種々の方法で表現できるようなことをしていきたいと考えています。またお付き合いくださいませ。

     
    【2015.06.23 Tuesday 18:32】 author : oz
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