旧 日々、菩薩の道
 
<< いちゃりばちょうDAY | main | 不屈の人 >>
菩薩の人
0
    笹川良一伝 世のため人のために
    黒瀬 昇次郎

    この一冊を読んだだけで、彼のことを大分誤解していたとわかった。
    「一日一善」「お父さんお母さんを大切にしよう」というTVCMの
    おじさんで善人の仮面をかぶり、実際は競艇のドンとして多大なお金を
    費やし利権を作り出していた人だと思い込んでいた。

    イメージは当てにならないと反省。実際の人と印象は違うもんだ。
    ここまで世のため人のために尽くした人も少ないだろう。
    ハンセン病は彼のお陰で撲滅に近づいている。

    ハンセン病患者と手をとり顔を擦れ合って、共にご飯を食べ
    泣くことが自分にはできるだろうか?彼は実際にやった。

    勿論行動の全てが肯定される人は誰もいない。
    善悪はそもそも相対的なものだ。清濁併せ呑むという言葉もある。

    色んな意味で大きく包む器がなければ、大きなことはできない。

    彼は昭和を代表する稀代の大人物だった。
    人の評価は難しい。本人が満足していればそれでいいのだ。

    日本財団会長 笹川陽平氏 Blog
    http://blog.canpan.info/sasakawa

    【2008.03.18 Tuesday 12:29】 author : oz
    | 本の紹介 | comments(5) | trackbacks(0) | - | - |
    この記事に関するコメント
    私から見える生命は、淘汰による生存をかけた命です。弱いものは生き残れないという、現実です
    また、ダルマの愛は、自己犠牲と寛容な愛です。

    だから、生命の中に、ダルマを見い出せない。
    だけど確実に如来は、生命の中にダルマをあらわにしました。如来は、目に見えないもので人々に伝え、不思議に繋がり、全て完璧になります。
    それは、この現世に生命として確実に現れています。仏陀もキリストも…

    これは、いったいなんでしょう…生命は、利己的なのにダンマは利他的なんです。生命の成長とは、利己的を表すのに、魂の成長には利他がなくてはならないのです。つまり、魂が他の生命と自己を一つに感じるためでしょうか?
    | ルーカス | 2008/03/25 8:26 AM |
    自分の概念では理解できなくても
    生命は今この瞬間に存在し、変化を続けている。
    どんな理解も限定的です。
    体験によってのみ知るのでしょう。
    生命の実相は奥深いですから。
    | ozeki | 2008/03/24 10:46 PM |
    ウサギだったブッダは、腹を空かせた旅人のために火に飛び込み、食べ物となった。次に生まれてきた時は、王家に生まれた。そして悟るため家をでて、苦行という修行をしたが、それには悟りを見出すことが出来ず、やめた。そしてある日、ボダイジュの下で、悟った。
    彼の仲間で弟子をしていた人々は、彼に『修行がきつかったからやめたんだろ』といった。

    本当にダルマになれるか、なれないかの差は、
    寄り道が“好き”か、真面目か?の差ででしょうか?

    生命として成長を望むものが、火の中に自ら飛び込むでしょうか?

    | ルーカス | 2008/03/23 7:29 PM |
    進化することが生命の本質だからではないでしょうかー。

    寄り道好きもいれば、まじめな人も居る。
    色々居るから楽しいということでしょうか。
    | ozeki | 2008/03/21 10:26 AM |
    菩薩な人の題名に驚き!!
    はやくダルマになりたいなぁと思う…自分であります

    尾関さん、ダルマってなぜ皆が目指すんでしょうか?!そしてなぜ成れないんでしょ・・
    成ったらどんなキモチなんだろ…

    みんなスタートラインは同じなのに…早い人がいたり、いつまでたってもなれなかったり…

    時空を超えた存在…ダルマ
    一度開いたら閉まることはない
    成る 待ってる ダルマが私を ただただ待ってる

    動かずにずっと そこで待っている
    | ルーカス | 2008/03/21 2:47 AM |
    コメントする









    この記事のトラックバックURL
    http://ozeki.fa-fa.com/trackback/674062
    トラックバック